1 リモート学習開始の経緯
1-1 リモート学習開始のきっかけ
2020年4月、安倍政権下で発令された新型コロナウィルスによる緊急事態宣言の後、学校は休校、学習会も閉室となり、子どもたちの生活は実質、家庭内に閉じ込められた状況に陥ってしまった。アメリカをはじめとする先進国では既にインターネットを活用したリモート学習が始まっていたため、それらを手本に、中原“わくわく”学習会でも4月末からリモート学習を順次開始した。
1-2 実質運用までの道のり
わくわく学習会へ通う子どもたちは、経済的に恵まれない子どもたちばかりのため、まずは各家庭にWi-Fi環境が整っているかどうかの確認、リモート学習の説明と受講を希望されるかの確認を個別に行ったところ、78%の家庭でWi-Fiが既に整備されていること、それらのほとんどの家庭でリモート学習の希望があった。
(2020年3月時点のWi-Fi環境整備率 A教室67%、B教室87%)
背景には、学校も学習会も休校という事態に、保護者も本人も学習の遅れを非常に心配していて、リモート学習という試みに対してかなり積極的に参加希望が寄せられた。
しかしながら、ほとんどの家庭にパソコンやパッドなどはなく、デバイスはスマートフォンであることが分かったため、スマートフォンでも無理なく、充分な学習を提供できるよう工夫を凝らす必要があった。
同時に、リモート学習を中学生は生徒とサポーター、1対1での運用を考えたため、zoomを利用してリモート学習が可能なサポーターを募い、生徒がどのサポーターにあたっても同じ学習効果が得られるよう学習展開の仕方と手法の一元化を図り、サポーター研修をオンラインにて行い、研修を経たサポーターと希望生徒とのマッチングを行った。それらを経て、教材配布などの環境が整い次第「zoom学習」と称して、リモート学習をスタートさせた。(以降、zoom学習と記載)
2 wi-fi環境がない子どもたちに対して
2-1 郵便学習の実施
Wi-fi環境が家庭に整っていない子どもたちについては、郵便による通信学習を用意し、「郵便学習」と称した。(以降、郵便学習と記載)
4月の時点で、学習会で1年間使用する教材を各家庭に郵送済みだったので、郵便学習担当サポーターから、学習を行って欲しいページを指定、生徒は郵送された解答用紙に問題を解いて貰った後、投函。それをサポーターが添削して、次回指示と共に生徒へ送り返すという学習を、週に1回を目処に行った。
2-2 最大の効果があった生徒
郵便学習は、学習会再開と共に終了としたが、現在も引き続き、郵便学習を行っている生徒が1名いる。
その生徒は中1夏休み明けから不登校が続いている中3生で、学習会も欠席続きであったが、今回、郵便学習で中1の勉強からやり直したいという本人の意向があり、中1の教材で郵便学習をスタートさせた。6月になり学校、学習会が再開した後も、郵便学習は続けたいとの希望で、そのまま郵便学習が続いている。
郵便学習を行っているうちに、本人の中で「高校へ行きたい」という気持ちが少しずつ芽生え、「通信制高校なら出来るかも!」という自信に繋がった。
サポーターのリードで、通信制高校を見学にも行き、通信制高校にはスクーリングという通学日があることを本人に伝え、その練習のため、学習会に週に1回来室したらどうかと提案。現在、郵便学習を行いながら、B教室へ週に一度来室し、他の生徒と同様に大教室で、集中して学習できている。
3 学校・学習会休校中(2020年4月末~5月末)のzoom学習効果
3-1 zoom学習の利点
学校や学習会など、教育の場を失ってしまった子どもたちたちは、約束の日時をたがえることなく時間通りにアクセス。スマートフォン越しに久しぶりに会うサポーターの顔を見て、とても喜んでいる様子と共に、テクノロジーを屈指した試みを楽しんでいる様子も伺えた。
また、その学習効果は特筆すべきに値し、
・意識がスマートフォンの画面に集中するため、教室での対面学習よりも集中力が 発揮、持続された。意識が他に飛ばない事による学習効果には目を見張るものがあった。
・他者の目がないため、分からないことを「分からない」と言いやすい環境。
・抱える悩みを相談しやすい環境でもあり、「ちょっといいですか?」と悩みを吐露する生徒もいた。
・担当サポーターが完全固定なため、同じサポーターによる継続的な学習提供は、ロングランで見た時に得られる利益は大きく、かつzoom学習は生徒と固定サポーターとで1対1で進められるため、教室学習(中1、2生は基本的にサポーターと生徒が1対2である)よりも個々の能力に応じた丁寧な指導が可能である。
などが挙げられる。
3-2 zoom学習の欠点
・子どもたちの手元が見えない点が最大の欠点である。
解いた問題の〇付けをして貰った後、本人が「出来ていました」という言葉を信じるしかなく、間違えたと申告があった場合に、どこで間違えたかを見てやることができず、改めて一緒に、ホワイトボード機能を用いて問題を解き直しつつ、どこで間違えたかを確認するしかない。
・英語のスペリングや、数学の作図など、生徒の手元が見えないzoom学習ではカバー できない単元があることが否めない。
・学習会の仲間と会えないことは居場所としての機能が不十分であると言える。
4 小学生に行った集団zoom学習
学校が休校中の間のみ、小学生へはA教室、B教室の隔てなく、集団で一斉zoom学習を
行った。Wi-Fi環境のない小学生には中学生と同様、郵便学習を行った。
小学生を一斉学習にしたのは、学習効果よりも居場所を重視したためである。どの子も休まずアクセスしてくれ、宿題もきちんとこなし、仲間と一緒に学ぶことで連帯感と、良い意味で競争心が芽生えた様子だった。
小学生へはzoom学習日の初日に、zoomの機能説明から始め、他者へのマナーなどを伝えてから学習を開始したが、学習開始直後、こちらから指示せずとも全員が自らをミュートにし、質問などがある時だけマイクをオンするなど、他者を慮る配慮を示したことに感心した。
学校再開後は小学生のzoom学習は終了とした。子どもたちからは「続けて欲しい」との要望が寄せられたが、子どもたちの手元が見えないzoom学習は幼い子どもたちへは不向きと判断した。
5 学校・学習会再開後(2020年6月~)のzoom学習効果
5-1 学校・学習会再開後の概要
2020年6月には学校も学習会も再開し、感染防止策下にはあるものの、子どもたちの生活は通常に戻ったが、依然コロナウィルスの脅威は去っていないため、学習会では、zoom学習を行っている全生徒に対してzoom学習は継続とし、中1、中2生には、週1回の来室と週1回のzoom学習を提供し、中3生に対しては週2回の来室と週1回のzoom学習を提供している。
zoom学習が行なえない子どもたちへは、全学年、従来通り週2回の来室としている。
5-2 子どもたちの変化
学校休校時は、zoom学習に非常に協力的だった子どもたちも、学校が始まり部活も再開してと、それぞれに忙しくなり始めると、また、インターネットを用いた学習という目新しさも薄れてくると、徐々に約束の時間にアクセスして来ない子どもたちが出始め、欠かさずzoom学習を行えている子どもたちと、休みがちな子どもたちとの二極化が起こり始めた。
5-3 二極化する子どもたちたち
学校再開後も粛々と週1回の来室とzoom学習とを併用出来ている子どもたちは、対面学習とリモート学習の双方の利点を享受でき、成績向上も認められるが、一方でzoom学習の継続が難しくなってしまっている子どもたちが出てきている。
zoom学習の開始時期に多少のバラつきはあるが、週1回のzoom学習を行った回数が12月末の時点で、生徒それぞれの合計回数は8回から35回と、zoom学習を提供できた最低回数と最高回数の差が大きい。この差の原因は、zoom学習欠席によるものである。休みがちな傾向にある子どもたちは、事前に休みを連絡して来る生徒はほとんどおらず、約束の学習開始時間直前に「今日、休みます」と連絡して来る生徒は良い方で、約束の時間にアクセスして来ず、こちらから連絡を入れると「今日、休みます」と返信してくる生徒が大半である。
zoom学習が続かない子どもたちの主な理由は、
・夕方の時間帯に眠ってしまい約束の時間に起きられない。保護者が仕事に出ているため、声掛けをしてくれる大人がいない生徒もいる。
・Wi-fi環境は整っているものの、兄弟姉妹が多い家庭では、自宅で静かにzoom学習に取り組めない住宅事情にある。
などが挙げられる。
緊急事態宣言中の休校時は、家族の協力も得られたようだが、緊急事態宣言解除後は家族の協力を得ることが難しい子どもたちが出始め、zoom学習継続が困難となっている様子。
ただ、zoom学習の継続が困難な子どもたちの、教室出席率も同様に芳しくないことを鑑みると、改めて家庭での学習への協力意識の違いが、子どもたちの学習への取組みの差として如実に現れていることが浮き彫りとなった。
zoom学習を行う前までは、見えなかった家庭環境や、家庭内での子どもたちの様子を伺え、どこに問題があるのかがより深く理解できるようになり、それに対して、どのように寄り添って行ったら良いかは、今後のサポートへの深刻な課題として捉えている。
5-4 教室学習とzoom学習併用の利点
「2-1 zoom学習の利点」で述べた長所の他に、zoom学習の欠点と考えられていた
「生徒の手元が見えない」という点を教室学習でカバーすることが可能となった。
毎回、変わらず学習を見てくれている固定サポーターと学校進度に沿った学習をzoom学習で進め、教室ではzoom学習で行った範囲の演習を行うことで、子どもたちは学校で、zoomで、教室でと、計3回、同じ単元の繰り返し学習を行うことになり、学習の定着率は最大と考えられる。zoom学習と教室学習のサポーターとの連絡を密にすることで、深く広く子どもたち一人ひとりを見つめることが可能となった。
生徒自身の変化変容として、教室学習での演習に於いては、zoom学習で習った所を演習課題としているため、一人で黙々と学習できるようになって来ている子どもたちが大半となった。「自分一人でも出来る!」という自信が、今後、家庭での自学に結びついて行くのではないかと願っている。
教室学習とzoom学習を上手く併用出来ている子どもたちの成績の向上は、上述したことが要因となっていると考えられる。
また、教室学習とzoom学習を休まず継続できている子どもたちのみならず、多くの人と関わることが苦手な、学校や学習会教室を欠席しがちな子どもたちに対して、自宅に居ながら、いつも決まったサポーターとだけ学習が進められる利点は大きく、学習の遅れをカバーすることはもちろんのこと、サポーターとの関わりの中で、家族ではない第三の大人と交わることが可能となった利点がある。
実際に、学校と学習会教室はほとんど欠席だった生徒がzoom学習を経て、少しずつ成績が上がったことで自信が付き、学校も学習会教室へも欠席がなくなり、学習意欲が向上している生徒。
中学校に上手く馴染めず、学校を欠席傾向になってしまっているが、その自分の気持ち
をサポーターへ吐露し、教室とzoom学習には欠かさず参加出来ている生徒もいる。
5-5 教室学習とzoom学習併用の欠点
現在の所、教室学習とzoom学習併用による欠点はないと思われる。その理由として、zoom学習が継続できない子どもたち、望まない子どもたちへは教室へ週2回通って貰っているため、欠点が回避できているようである。
6 今後の課題
コロナ禍というパンデミックの元で、苦肉の策で行ったリモート学習ではあったが、実際に運用し、その効果を鑑みると、今後はzoom学習と教室学習の併用が継続できる子どもたちを増やし、育んで行きたいと考える。
Wi-Fi環境がない生徒に対しては、提供する学習の平等化のためにも、パッドの貸与など川崎市へ要望できたらと願っている。
最大の課題は、教室に通うこと、zoom学習にアクセスすることが習慣付かない子どもたちへのサポートにある。そういった子どもたち一人ひとりに寄り添いつつ、少しずつ良い方へとサポートし続けたい。
7 8月に行われたキャリア教育
日々の学習とは一線を画するが、例年夏休み期間中に行われるキャリア教育プログム「わくわくエンジン」も、従来通りの教室とオンラインとの2通りを用意し、生徒にはどちらかに参加して貰う形で行われた。
オンラインによるプログラムは今回初めての試みだった。
(以降、わくわくエンジンと記載)
7-1 プログラムが行われた背景
受験を控えた中3生は、学校の授業カリキュラムの大幅遅れ、修学旅行もあるか?
ないか?というコロナ禍の混沌とした状況下にあったが、どの子も冷静で、大人ほど右往左往してはいなかった。
「マスク着用」と言われれば着用し、「手指の消毒」と言われれば、それに従い、反発する子どもは1人もいなかった。むしろ、右往左往する世の中に、少々疲れている様子すら感じられた。
そんな状況下で行われた「わくわくエンジン」だったが、どちらの手法に於いても、
自分の好きなこと、自分の夢について語る子どもたちの言葉は、温かい希望で溢れていた。
7-2 オンラインによる「わくわくエンジン」の利点と欠点
生徒1人ずつ個別に行われるため、教室で、他の子に話を聞かれたくない子ども、
大勢の中でワイワイやるのが苦手な子どもにとっては極めて有意義である。
一方で、オンラインという閉鎖的な環境で個別に、かつプログラムを行う側のスタッフがそれぞれ異なるため、プログラム実施中のカラーが全く異なった。
教室では、同じ空間でいくつかのグループに分かれて行われるため、場の空気感が交わり、共鳴が起こり、プログラムが行われているチーム間のカラーの差を感じたことはなかったが、オンラインの場合には、それが顕著に現れた。
と言って、そのカラーが赤だろうが、青だろうが、何色が悪いというわけではないので、それが利点なのか、欠点なのかはそれぞれの主観に寄って変わると思われる。
7-3 プログラム効果の高かった生徒
受験の半年も前の、志望校も漠然としている時期に、自己について見詰め、改めて考える機会がプログラムを通して与えられることは、徐々に受験を意識していく過程で、どの子にとってもとても良い導入手段である。
受験への導入が偏差値からではなく、自分のわくわくすることから始まる点も有効であると考えられる。
今年度は、部活動に力を注いでいる生徒が多く、部活動を意識して高校選びをする生徒が4人いた。
今年度、オンラインにて「わくわくエンジン」を行った生徒で、高校はサッカー強豪校へ進学を望んでいる生徒がいた。自ら積極的にサッカーのセレクションに参加し、本人の中で私立のサッカー強豪校へ進学したいと考えていたが、その生徒の家庭は生活保護家庭であったため、私立高校へ進学することを懸念する母親との間で、諍いが起こっていた。
そのような状況下にオンラインで行われた「わくわくエンジン」で、彼は自分の言葉で「なぜサッカーなのか?」を紡ぎ出すことが出来た。
翌日、母親から連絡があり、「普段、口をきかない息子が夕飯の時に、こんな事をやったんだよって、プログラムの話を聞かせてくれて…」と、母親に自らの考えを伝えられたこと。母親も歩み寄りを考えた。とのことだった。
結局、彼は神奈川県内のサッカー強豪校である私立高校へ、サッカーセレクションでの入学が決り、かつ学業に於いて特待生に選ばれた。今は文武両道を胸に、高校生活へ希望を抱いている。
8 考察
教室で良く知るサポーターとのオンラインに依る子どもたちとの関わりは、二次元でも三次元でもない、その中間の位置付けとなり得る。
SNSなど二次元の世界観を好む傾向にある子どもたちにとっても、効果があるものと言える。
多感な時期の子どもたちと接するにあたり、より個人に寄り添ったサポートが実現できるので、学習をツールに、子どもたちの心のサポートを、見逃さずに寄り添いやすい環境でもあり、子どもたちにとっても心を開きやすい環境であるとも言える。
教室での大勢の仲間がいる空間での学習と、サポーターと1対1のパーソナルな空間での学習との両立が、今の時代を生きる子どもたちにとって、望ましい新しい学習形態と考えられる。
(渡辺日奈子)