一人ひとりの“わくわく”する気持ちに焦点をあてたキャリア教育を、全国の学校に広げる認定NPO法人キーパーソン21。今年新たに、全国7カ所の8つの高校・大学で、日本コカ・コーラ株式会社との協働による「女性起業! わくわくプロジェクト」に取り組んでいる。起業家トークとワークショップで構成する2時間のプログラムの中で、ちょっとハードルの高そうな起業というキーワードを、どのように学生たちの心に届けていくのだろうか。専修大学生田キャンパス(神奈川県川崎市)で12月13日に開かれたプログラムを取材した。
女性の目線でイノベーション
生田キャンパスに4時限終了のチャイムが鳴ってほどなく、会場となる2号館の教室に学生が集まり始めた。「女性起業」と銘打っているが、もちろん男子学生の参加も歓迎。専修大学キャリアデザインセンター教育企画室長を務める遠山浩・経済学部研究科長は「イノベーションは技術革新と訳され、理系のイメージが強いが、本来は社会を変革すること。日本は男性社会で、商品開発から社会の仕組みまでまだまだ女性の目線が欠けているだけに、女性の視点を生かすことがイノベーティブなことにつながりやすい。そういう視点を、ぜひ女性だけでなく男性も持ってほしい」と趣旨を語った。
日本の起業率は毎年5%程度と国際的にみて低いだけでなく、起業に無関心な人が約8割と極めて高い。国は開業率倍増を目標に掲げ、起業家教育やイノベーティブ人材の育成に力を入れる学校や団体も増えてきた。専修大学も就職課とは別にキャリアデザインセンターを設置し、実社会で活躍する人材づくりを目指す。学内のベンチャービジネスコンテストも16回を数えるなど起業マインドの育成に積極的に取り組み、今回のプログラムもその一環だ。
**トークセッション**
起業サークルに熱中
プログラムの前半は、専修大学卒業生で女性起業家の秋本可愛さん、キーパーソン21代表理事の朝山あつこさん、日本コカ・コーラ広報部のアレン・パーカーさんの3人によるトークセッション。秋本さんは4年前、大学卒業直後に株式会社Join for Kaigoを起業した。まだ20代の先輩は、学生にとって起業を身近なものに感じさせてくれる。同社は介護に関わる若手のネットワーク化を図り、新たなテクノロジーを活かした介護の学びを提供したり、商品開発の共同企画、介護職の活躍の場づくりに取り組んでいる。
そんな秋本さんだが、もともと介護に関心があったわけではない。きっかけとなったのは、大学2年の時に参加した起業サークルだ。たまたま福祉のチームに加わることになり、認知症予防のためのフリーペーパー制作を決めた。発行費用として協賛金を募るために営業に回り、美大生とコラボして編集作業にあたる。次第に面白くなり、介護の現場を知るために、アルバイトも飲食店から介護施設へと変えた。
就活の時期になってもフリーペーパー作りに夢中。全国の学生フリーペーパーコンテストで準グランプリを受賞した3年生の終わりごろ、ようやく将来を考え始めた。頭に浮かんだのは、アルバイト先の介護施設の職員不足や家族の疲弊。現場で目にした多くの課題は、フリーペーパーでは解決できないとも感じはじめていた。
今、何をすべきなのか
もう一つのきっかけは、在学中に起きた東日本大震災だ。周囲の学生がこぞって復興ボランティアに参加する中、「介護の問題も大変なのに、誰も目を向けていない。それなら、自分が課題解決を図らなければ」という使命感を感じた。「不安もあったが、勢いで起業した。介護問題に取り組む学生は少なかったので可愛がってもらえ、企業の広報誌づくりに加わるなどの機会をいただいた経験もプラスになった。でも、起業を決意したというより、流れの中でやっちゃったという感じ」と振り返る。パーカーさんも「自分も同じパターン。大学1,2年で自分のやりたいことが見えてきて、3、4年でウェブ系の仕事を立ち上げた。学生の方が社会人よりも時間があるので、起業には適している」とアドバイスを添えた。
秋本さんの父親も経営者。父親が経営者団体の活動を通して地域活性化のために花火大会などのイベントを仕掛けている姿は誇らしく、自分もいつかは仕掛ける側の人になりたいと感じていた。大学サークルでも、ライブ会場を借り切ってパーティーをするなどイベント企画が好きだったことも、起業につながったのかもしれない。
もう一つ。優しかったいとこが病気のため20歳で亡くなり、命が有限であると思い知ったことも、秋本さんの背中を押した。「いとこの年齢を過ぎ、自分だっていつ死ぬかもわからない。であれば今、何をすべきなのかと考えたんです」。
「先のことを考えるより、今を生き切ることのほうが大切」と朝山さんもうなずいた。
役割を見つけて手応え
辞めたいと思ったこともある。介護現場の疲弊した現状を変えたくて起業したのに、2年目くらいまではそれができているという確信が持てず、苦しかった。その思いは今もあるが、「介護職の人たちをエンパワーすることが自分の役割だと心に落ちたときに、ようやく手応えを感じた。目の前のことを頑張っているとどんどん課題が見えてきて、やりたいことになっていった感じ」と言う。今後は、東京から全国へと広げるとともに、介護業界の働き方改革を進めていきたいと、夢はどんどん広がっている。
そして、母校の後輩たちへのメッセージ。「学生時代、『できるかできないかでなく、やりたいかやりたくないかで選べ』と言われた言葉を今も大切にしている。学生だから、経験がないのは当たり前。自分の可能性を閉ざさず、やりたいという心のままに行動してほしい。これから何をするか、職業で考えるのでなく、多くの人に会ってその人が何のために仕事をしているのかという背景に興味を持てば、いろんな選択肢が見えてくる」とエールを送った。
「学生時代に動いてよかった」
続いて、学生からの質問タイム。学生時代から起業家と交流していたメリットを問われ「ネットワークの中で仕事や人との出会いがあり、そのつながりで、起業する際にも事業計画のアドバイスをいただけた。学生時代に動いていて良かった」と、秋本さんは振り返る。起業サークルに参加したきっかけは、ミクシーでたまたま見つけた案内文。「自分を成長させてくれるかも、と興味を持った。行ってみると、同世代の人が将来の夢やビジネスプランを語っていて、日常のサークル友達とは話題が全然違う。それに感化されて自分でも何かできるかもと思った。団体に所属するなど少し自分の環境を変えると、出会いが増えます。大学のプログラムやビジネスコンテストを活用するのもいいですね」
起業と言うと難しく聞こえるが、まずは学生として手の届くところからスタートする。サークル、就活、家族…等身大の思いを語ってくれた秋本さんの言葉に触れて「自分も何かできるかも」と思った学生も多いのではないだろうか。
**ワークショップ**
自分の「わくわく」共通点は?
プログラムの後半は、キーパーソン21が開発した「わくわくエンジン発見!」シートを使ったワークショップ。自分が心からわくわくするモノやコトを3つ挙げ、なぜわくわくするのか理由を考えて、その共通点から自分のわくわくの原動力、“わくわくエンジン”を探ろうというものだ。
秋本さんが挙げたのは「建築の展覧会⇒想像が広がったり、自分にはない発想に出会えそう」「仕掛け⇒何かが動き出すことが面白い。可能性が開けそう」「コミュニティ⇒みんなが一緒に作る感覚が楽しい」という、3つのキーワードとその理由。これらに共通するポイントは何なのだろうか。
「新しい発想や可能性と出会うこと、みんなで何かを作り出すこと、そんなことに秋山さんのわくわくエンジンがありそうですね」との朝山さんの見立てに、「あ、そうかも。気づきがあってありがたいです」と秋本さん。
次は、学生たちの番だ。それぞれがシートに書き込みながら、自分のわくわくエンジンを探っていく。発表したい人、との声掛けに、女子学生の手が挙がる。
将来は起業も
「わくわくするのは、スケジュールが詰まっていること。やることが明確で、何かが起きることが確実だから。2つ目は、複数のことを同時進行でやっているとき。自分の世界が変化する実感がわきます。そして3つ目は、臨機応変に動かなくてはいけないとき。自分の判断1つで物事が変わる緊張感や、その後の達成感を想像してわくわくします」。この発表に朝山さんも「面白い!」を連発。「共通ポイントは、変化とか動いている実感、ということでしょうか。これまでいろんな人のわくわくを聞いてきたけれど、こんな発想は初めて」。 わくわくエンジンはもう、動き始めているようだ。
そしてもう一人の発表。“ワンテーブル料理”という、宗教やアレルギーも関係なくだれもが同じ食卓を囲めるような食材・調理方法で作る料理に今、注目しているという。食物アレルギーのためにみんなと同じものを食べられなかった経験から、関心を持った。チームのみんなで何かを作り上げることも好き。「居場所があること、仲間と一緒に過ごすことが、私のわくわくの共通点」。パーカーさんは「食事制限や宗教的な理由によって食べられない食材がある人は少なくないのに、日本では関心が高くない。改善の余地は大いにある」とアドバイス。改善の余地があれば、市場がある。「起業したい?」との朝山さんの問いかけにも「ワンテーブル料理を広げて、みんなが楽しい食卓を囲める場を作っていくために、将来的に起業したいです」ときっぱり。
「わくわくすると、人は能動的、主体的に考え、動くようになる。イノベーティブになるには、まず自分がわくわくすることから始まるのだと思います」と朝山さんは締めくくった。
企業で働く人もイノベーションは必要
このプログラムは、コカ・コーラが社会貢献事業のひとつとして世界中で展開する「5by20~2020年までに500万人の女性を支援する」活動の一環だ。なぜ女性支援なのか。
世界の労働全体の約6割を女性が担っているにもかかわらず、その報酬はわずか1割、そして報酬のほとんどは家族のために使われているという。その不均衡を改善し、女性が仕事に見合った収入を得られるようにするのが目的だ。世界各国で女性の経済力を高めるためのプログラムを進め、日本では農畜産分野での女性支援と女性起業家支援に取り組む。
パーカーさんは「コカ・コーラが100年以上企業としてながらえてこられたのは、社内イノベーションと起業家精神を保ち続けてきたから。イノベーションは起業家だけでなく、企業で働く人にも必要な資質です」と説明。同社は、2012年からキーパーソン21と中学校へのキャリア教育支援を行っており、同社の社員研修にもキーパーソン21が関わっており「わくわくエンジンは、シンプルなのに効果的なプログラム」と高く評価している。
**参加者の声から**
自分次第で未来は変わる
参加した学生たちは、このプログラムをどう受け止めたのだろうか。受講後のアンケートには、びっしりと受講後の感想が書かれていた。「将来の夢や何のために大学生活を送っているかが分からなくなっていたので、今日の話はとても興味深かった」「できない、やれないと思っているのは周りが原因ではなくて、自分自身がブレーキをかけているだけだと思いました」「自分の働きかけ次第で未来はどのようにでも変わる」「起業だけでなく、学生生活に対してもっと前向きに見られるようになった」…。
起業だけが目的ではない。夢や将来像を描く前に、自分にはできないと枠にはめてしまっている学生も多いのではないだろうか。でも、いったんその枠を外して、一歩を踏み出せば、何かが変わるかもしれない。必要なのは悲壮な決断でなく、自分の心の中にあるわくわくする気持ちを取り戻すこと。このプログラムを通して多くの学生が、気づいたようだ。
不安があるのは当たり前
ワークショップで「スケジュールが埋まっているとわくわくする」と発表した瀬戸夏帆さん(2年生)に聞いてみた。瀬戸さんは、インターンシップでペルーの地上絵保護プロジェクトに加わり、購入してもらった協賛グッズに直接張って郵送できるシールを考案した。商品化や起業も勧められたが、自信がなくて踏み出せなかったという。
「でも今日の話を聞いて、不安があるのは当たり前だと割り切るのも大切だと思えた。自由に動く時間がある大学生のうちに、今度は挑戦してみたい」。わくわくエンジンをやってみて、これまで漠然と感じていたことを言葉にできた。「その瞬間、これは使える、これなら動けると思ったんです」
気づきを新たな原動力に
参加者には、1年生の姿も。経営学部1年の北條ありささんは、高校時代の総合学習で起業に興味を持った。大学のベンチャービジネスコンテストにも参加し、地方都市のまちおこしや名物づくりを提案して、準グランプリを受賞した。今は経済団体に入って社会人の話を積極的に聞き、経営者のストーリーから得たヒントを常にメモに取っている。今日メモしたのは、将来の社会問題のニーズをとらえること、コンセプトが面白いと興味が続く、バイトの現場体験から多くの課題を見つけたこと、などなど。
ワークショップでも発見があった。「これまで自分は、他人のために動くことを楽しんでいると思っていたが、自分が成長する感覚も好きだとわかった。この気づきを、新たな原動力にしていきたい」。学生起業家として再会する日も近いかもしれない。
(取材:教育ジャーナリスト 阿部祐美子)